狛江市の助役に須田眞立・前収入役:10年間の空席が解消

10年間にわたって空席のままだった狛江市の助役に、前収入役の須田眞立氏(66)が就任することが12月25日に開かれた12月定例市議会本会議で満場一致で決まった。

矢野裕市長が「行政経験が長く、実務に精通し、助役に適任」として12月18日、開会中の市議会定例会に追加議案を提出、最終日の25日に本会議で審議され、満場一致で同意を受けた。任期は2007年1月1日から4年間。
須田氏は日本大学法学部を卒業、1970年に当時の狛江町に入庁、広報係長、財政課長、児童保育課長、総務部長などを経て1999年に収入役に就任、ことし9月に退任した。
同市は、共産党市議だった矢野市長が初当選した約1カ月後の1996年8月、前助役の榊原常夫氏が任期満了で退任。以後、水面下で何度も打診が行われたが、少数与党の議会運営の難しさから助役人事の案件が提出できず、2期目の2001年に市幹部職員を助役とする議案を提出したが、市議会の同意を得られなかった。
本会議閉会後、矢野市長は「市長就任以来10年間お願いしてきた助役の選任で議会の全会一致のご理解をいただけたことにホッとしています。今後、市の財政運営をいっそう円滑かつ迅速に推進するうえで、大きな力となっていくと思います」のコメントを発表した。

 
 行政手腕に期待

石井三雄市長の突然の辞任によって行われた1996年の市長選は、既に立候補を表明していた元市議、石井後継の現職市議、市議6期目の矢野氏の三つどもえの選挙となった。
保守分裂に加え石井氏が巨額の債務を抱え、公務を休んで海外でバカラ賭博をしていたことなどが、辞職から選挙期間中に次々と判明して大きなスキャンダルとなり、その結果、「市政刷新」を訴える矢野氏が当選、初の共産党市長が誕生した。
この結果、市議会は行財政改革への取り組みをはじめ、助役、予算、決算などの主要な案件について、少数与党と保守系の市議との綱引きが長い間続いた。
2期目途中からは「助役空席」が当たり前の空気が流れていたが、不況と大型プロジェクトのつけで市の財政状況は厳しさが加速。最近は与野党間の対立の構図は薄らいだものの、財政状況の厳しさは依然として市政運営に大きな影を落としている。
2007年から団塊の世代の幹部職員の退職が続くなど、解決すべき市政の課題も多く、行政手腕にたけ、職員の信頼が厚い須田氏の、収入役から助役にポジションを変えての再登板に大きな期待が寄せられている。

 


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