Jリーグ・FC東京の倉又監督が退任:守備の柱ジャーン選手も退団

FC東京の倉又寿雄監督(48)が今シーズン限りで退任、DFジャーン選手(29)がチームを去ることが12月3日明らかになった。

倉持監督は、成績不振で解任されたチーム初の外国人監督ガーロに代わり8月16日に監督に就任、18節(8月20日、ジェフ千葉)から指揮をとっていた。リーグ戦の成績は7勝1敗9敗だったが、シーズン後半には、ガンバ大阪、川崎から勝星をあげ、浦和レッズを引き分けに持ち込み、リーグ戦全体を盛り上げた。
チームを通じて「成績を考えると、ファンのみなさまには申し訳ない気持ちですが、連敗して苦しい時期も選手、スタッフを支えてくれ大変感謝しています。初めてトップチームの監督を経験して多くを学びました。今後指導者としてやっていく上で、役に立てたい。もっと実力をつけ、チャンスがあればトップチームの監督に戻ってきたいと思います。まだ、天皇杯があり、優勝目指して頑張りますので、最後までご声援をよろしくお願いします」とコメントを発表した。
倉持監督は、1995年に東京ガスのコーチに就任、Jリーグに入会しFC東京となった1999年から2005年までヘッドコーチ、今シーズンはFC東京U-18の監督を務めていた。
ジャーン選手は、チームドクターと相談し左膝内側半月板損傷の治療のため帰国、来シーズンは契約しないことになった。ジャーン選手はフラジル出身で、17歳でサントスFCでプロになり、年代別のブラジル代表やセレソンの経験もあり2002年FC東京に入団、2004年にJリーグ優勝選手に選ばれ、5年間でリーグ戦141試合に出場、9得点をあげた。
チームを通じて「チームを去ることはとても寂しく残念でなりません。今までシーズンの途中で帰国したことはなく、天皇杯を残し帰国しご迷惑をかけることをチームメイト、スタッフ、ファンの皆さんに大変申し訳なく思っています。しかし、自分の怪我のことを考え、体のケアを優先させていただくことを許してください。これからも大好きなチームとしてFC東京を応援していきたいと思います。5年間、温かいご声援を送ってくれて、本当にありがとうございました」とコメントを発表した。
小平市のチーム練習場には12月4日、多くのファンが集まりチームを支えたジャーン選手との別れを惜しんだ。帰国便は、12月6日の18時40分成田発(JAL48便)。